月別: 2016年10月

マザーガイアからの便り・予告編vol.4

マザーガイアからの便り・予告編vol.4

2016.10.30 マザーガイアからの便り・予告編vol.4

「自然界の紅葉」

 

 

今回は、わたくしカンナ・カムイが自然の摂理を司っているスピリット(精霊)からのメッセージも、後ほどお伝えしたいと思います。

紅葉とは季節の移り変わり、植物の次の準備、やがてもう一度再生するための期間に入るということです。新しい姿に生まれ変わるための準備です。

まず第一に、我々が暮らしていた約6000年前、紅葉というものはこれからの厳しい冬にかけての、準備の合図でした。

あたたかい時期が終わる頃、現代で言う4か月程の間に、厳しいと言われる環境に耐えるために、穀物や食べるもの、またその他の生命維持に関わるようなものを準備する必要がありました。

動物と同じような冬眠まではいかなくても、ほぼ活動を休止した状態に入るため、その準備のために、いろいろたくさん集めてまいりました。

このような準備のため、そのサインを知るために葉が紅くなり、黄色くなり、その合図から「あ、もう始めなければいけないな。もう準備に取りかかろう」といった認識でした。

また冬は、やわらかい気候の季節が来るまで、各自自分たちの(心の)内面と向き合うために、大切な時期でもありました。

言い換えれば冬というのは、自分自身の内面と向き合い、これまでどうだっただろうか、そういうことと向き合う時期でもあります。

現代の人達は、そうではないと思われますが・・・自然の厳しさを目のあたりにして、自分の生き方を振り返ったり、ああ、このようなことをしよう、など考えたり。

(話題は変わり)

また、狩りをして小動物などを食べるとき、このような事がありました。

皆で狩りをしたとき、小動物を囲みながら「ありがとう」というような感謝の念を抱きながら、食す、ということを、儀式として行っておりました。それは事実です。

我々は、何も考えず自分の生命を優先させる、という日々を営んでいた訳ではありません。自然と向き合っているその地域の人間たちは、何に対しても感謝の念を持っておりました。

植物に対しても、樹に対しても、動物に対しても、魚に対しても手を合わせ「ありがとうございます」 そのようなことが、生活の場面場面で儀式になっておりました。

儀式というのは、宗教的なことではなく、感謝の気持ちをその対象に伝えるということです。

そして自分の行ったことに対して「これを頂いてわたしは生き延びます、感謝しています。ありがとうございました」といった、自然の中に同じ生命体として住んでいるような動物たち、自然の背後にいらっしゃる神さまと言われるような存在たち、そういう方々に捧げる祈りの気持ち。

それが我々の秩序と生態系のバランスを取るための儀式でした。

ここまで我々の生活の様式を、いまお伝えしたことで次に移ります。

ではこれから、自然を司っているスピリット(精霊)からのメッセージに移りましょう。

紅葉というテーマを頂き、これから少しの時間、わたし達からの思いを言葉に変えてお伝えいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

人間に内在している魂と言われるエネルギー体は、視界から入って来る変化というものを、敏感に感じる特性を持っています。神聖というか、よき心というか、ここではあえて限定して使いますが、神聖という、神さまの精神ということです。

それは、自分以外の存在(人、自然、動植物)と繋がるということ、それを認識するということ、それはすべてに対して安定感や安心感、そういった思いを抱かせます。

ですので、植物が、その葉が変化するという事は、自分たちも変化していくのだという、こころの奥底にある、美しい心のスイッチを入れる、よきことを行うとういう・・・そういった事のサインでもあります。

考えてもみてください。紅葉を見ながら、その美しい姿を見ながらふさぎ込むような人間はおりません。

「ああ、美しいなあ、自然はどこまでも奥深く神秘的なのだろう」そのような心が目覚めるはずです。

現実、そのような紅葉の赤や黄色や、または少し茶褐色になったような変化は、人生の物語にも似ております。

自然界は、人生のテーマに沿って、目的に沿ってメッセージを絶えず一年中、人々に伝えていること、そのことを分かっていただきたい。

特に現代に生きる人たちは、自分以外の存在(人、自然、動植物)に、意識を向けるということをあまり行っていないと私たちは感じております。

我々の願いとしては、自然の変化を見て、美しさを見て、自分以外の存在にもっと意識を向けていただきたい。そのような願いでこの自然の移り変わりを見守っております。

そうですね・・・各自が持っている創造性や心の豊かさ、あるいは詩人のような心の趣、そのような感性を呼び覚ますために、この秋の思いにふける時期が大切な時期だと我々は思っております。

そのために、私からの広い意味での人々に伝えるメッセージはひとつです。

ご自身が持っている非常に高等で高潔な美しい心を思い出してください。そのために私たちはいつも、自然の奥深くから自然のメッセージを伝えております。

マザーガイアからの便り・予告編vol.3

マザーガイアからの便り・予告編vol.3

 

2016.10.22 マザーガイアからの便り・予告編vol.3

「風の役割り 」

 

今回もカンナ・カムイお伝えいたします。本日もよろしくお願いいたします。

質問・菊地 : 然界の四大要素としての一つである、風についてお話を聴いてみたいです。

 

では大まかに、すべてに通じる❛自然界での風の役割❜という事で、お話しさせていただきます。

わたくしがカンナ・カムイとしての肉体を持っていた頃(約6000年前の縄文時代)から、話を始めましょう。風が吹いてくると当時は、手や足を広げながら、その風を受ける、ということをやっておりました。

それはなぜかというと、風の中に、いろいろな伝えたいこと・・・私たち人間から伝えたいこと、または他の存在から伝わって来ることが入っておりますので、それを全身で受けて、理解しようとしていたという事があります。

それは動物の意志であったり、また樹の意思であったり、水の意思であったり、風が山を通って来るときの山の思いであったり。

わたしたちは、そのような沢山の情報が風と一緒に流れて来ることを感じていたので、風が吹いて来た時は、本当に身体を全部使いながら、感じ取ろうとしていたのです。

 

 

ある時、このようなことがありました。かなり遠い地方から吹いてくる風でした。それは今の地名で言うと、北海道のオシャマンベというところからの情報でした。そこで山火事があって、その山火事の情報が、風に乗ってやって来たのです。

そうすると、なにが起こるのか、ということですが「あっ、向こうの方で今、火事が起こっているのだな、山火事なのだな、どの位の規模で燃えているのか」ということを、その風からわたし達、神官といわれる者たちが受け取ったこともありました。

その時、わたしたちの地域は、山の乾燥地域に入っているので、これは我々も気を付けねばならないということでもあります。

 山火事になる場合は、作物やら食べ物やら、そういったものがすべて消滅するといったことに繋がりますので、細心の注意をはらっておりました。

当時は山火事になった場合、側溝や穴を掘りながら、そこから火が移らないように前もって準備して用意しておくための情報も、そういうところからすべて受け取っておりました。これが、わたしたちの風にまつわる当時の暮らしぶりです。

 

 

何か、ご質問があればどうぞ。

質問・菊地:風について現在広く認識されている地球上での実質的な役割以外で、カンナさんの頃、認識されていた風の役割、そして現代人と風についての話をお願いします。

 

おおまかに、風の意味合いは、二つのことがあります。それは現代で言う掃除ということですね。

整えるという意味合いの風です。平らに整えていく、あらゆるもの・・・大地であっても、山の斜面であっても風が流れて・・・柔らかかったり、強い風であったりしますけれども、風はすべてを撫でていくというような役割が、自然界ではあるのです。

それともう一つ、情報や意思を運んでいく、という役割もございました。これが大まかに言う、自然界での風の役割です。

ひとつ、印象深いことがありました。神事に関わっているとき、祈っているとき、その時期に非常に印象深い風が吹いて参ります。まわり込んでくるような風や、今で言うところの、そうですね、ご神気や霊気、そのような風も祈りのときには吹いて参ります。

なぜかというと、祈りのバイブレーションで、風の送り主、神さまに近い存在が、「私たちはここにいますよ、こういった意思を伝えておりますよ」ということを受け取ってください、ということで、まわりこむような風や、ご神気、霊気のような風が吹いて参りました。

これが過去、わたし達が生きている間の、風の(要素の)認識です。

 

そして、現代人と風、という話に移りたいと思います。現代の人達は、風に対してこのようにして(開いた傘を、胸の前に出す仕草をしながら)遮断するという、行いがあるように思います。

それはどのようなことなのか、と言うと、自然の中との繋がりが、生まれてからあまり関係性が強くないため、風は防御するもの、という意味合いで育っているという状況があるのですね。

現代の人間でも、子ども達のほうは風というと、我々の頃のように手を広げて、全身で受けながら、時々笑いながら、走ったりしています。

いまの子ども達もそのようにして、風から気持ちがいいもの、本来自分が得ようとしているものを受け取っているということです。

これは、大人になってくると、なんでしょう・・・現代の教育が自然の摂理のようなものを教えていないので、風というもの、雨というもの・・・それが本来どういうものなのか、ということを認識していないため、ただ濡れないだけ、ただ風を受けないようにするといった風潮になっていると思われます。

自然との繋がりや、自分を肯定する、信じるということがなされていないため、誰か第三者が発信する情報に左右されている、ということは、わたし達からすれば、それは悲しいことだと考えております。

 

さて、こちらは通信ではなく、今日通信後に浮かんだという、このマザーガイアの便りでミディアム(霊媒)を勤めている、佐藤によるインスピレーションの詩をご紹介させてください。

 

 

風は語りかける、伝えたい事を運んで行くよ。

喜怒哀楽は、風にのせて、待っている相手に届くさ。

すぅ、と通りすぎた風に、沈んだハートが楽になったり、

立腹した想いが、自然と治まる体験をした事はないですか。

時には包まれるような風に、意味なく、喜ぶ事がある。

思い出した相手へ、どうしているかと祈る思いを、

思い出した相手へ、どうしているかと祈る思いを、

風が届けてくれる事を、spiritは知っている。

2016.10.22 Yohinori.Sato

マザーガイアからの便り・予告編vol.2

マザーガイアからの便り・予告編vol.2

 

 

 

2016.10.15 マザーガイアからの便り・予告編vol.2

「樹の役割り と 本質」

質問・菊地:樹の役割と、その本質についてお話をうかがいたいのです。

 

伝え手はカンナ・カムイ、そして中継局を担っているのは前回と同じミズナラの樹です。では、先程の問いに答える形で進めて参ります。本日もよろしくお願いいたします。

 それでは今回は、樹木というテーマで自然界のメッセージをお伝えいたしましょう。

 この地球上の歴史を遡ること、といいますか、わたしが肉体を持って暮らしていた頃の話から、お伝えした方がよろしいと思います。縄文時代、今から約6000年前の話になってまいります。その頃は今よりも気候が温暖ではなく、平均気温が少し低かったと思います。

当時住んでいた場所は、現在でいわれる三内丸山遺跡から数十キロ離れた、陸奥湾の丘の上の方でした。

さて、当時の樹木の役割、または自然界に根差した樹木の役割についてはじめましょうか。

樹木がなければ、自然の生態系は成り立たたない、と深く理解していました。

当時は本当に生活に密着していた樹ですので、いまでは想像も出来ないかもしれないですけれども、現在より深く発達した樹の文化がありました。それは技術的なものというよりは、精神的なものとしての樹の文化です。樹には精霊は宿っている、気には神聖なものがある。

当時の我々からすれば、それは自然な感覚であり、自然な理解でもありました。

樹から食べ物を恵みとしていただいていること以外にも、精神的な拠り所として、そうですね、今で言えば自然信仰といわれるようなものでしょう。

自然に対する畏れ、自然に対しての感謝。それが太い大きな樹木の中に宿っているということを、我々はよくよく知っておりました。そして体現もしておりました。

実際に樹と交流できる、自然界の使いと言われるような人間もおりました。今でいう自然界の言葉を人々に伝える通路としての役割を持っていました。現代の言葉に変えるとすればどうすればいいのか、その辺は分かりませんけども・・・

そうですね、我々の認識としては、それは現代の日本の言葉で言えば、神官と言われる立場に属している人間だったと思われます。我々の言葉で、神官という言葉はなかったのです。

先ほどの言葉の繋がりから、心の拠り所としての樹は、非常に我々の生活、また、山に住んでいる動物たち、鳥たち、その存在たちの拠り所であったということです。

またある意味、天候のことを知らせたり、自然の雨や、日照りや、そういう自然の意思のようなものを伝えてくれている、今で言うテレビのような、ラジオのような存在でもありました。 

樹と石から、そのような信号のようなものを受け取り、当時の人間の言葉として伝えるというのが、当時の神官の役目でありました。

代々受け継いだ系統の中で、それがなされていたということは事実であります。ですので、樹は神様からの意思を伝えるひとつの道具として、ツールとして、そのような役割が絶大にあったことは、我々の認識に深く根差していました。

そして現在、生態系の大切な部分を担っているのは樹木だということを、みなさんよくご存じですので、そのこと改めて伝えるのは、控えておきます。

ただ、天界とこの地球のコアの部分でつながっていくためには、非常に大きな樹が必要だということ、そしてそれはまだ、数があるということをお伝えいたします。

人知れず、いまアンテナの代わりをしてくれているこの通信のミズナラもその通りです。

神社にそびえ立っている、ご神木という樹はすべてそういう役目を担って、仕事に専念している存在です。神社に行って、ご神木に敬意の念を持つということは、人間としてのごく自然な行いです。

そのほか、何か聞きたいことがあれば、ぜひどうぞ。

 

質問・菊地:樹はそれぞれ、ネットワークで繋がっているのですか?

 

はい。大きな樹になればなるほど、そのネットワークのつながりを、非常に深く持つことが可能です。

そうすれば、電気の地場の働きの如く、電波を送受信することが可能だということです。それは、ある意味、パワースポットのようなものを形成するものだと思っていただければ、より分かりやすいと思いますが。

パワースポット、エネルギーが強いところは、電極が強く、それに巨木の私たちが役目を担っている、そういうものだと思っていただければ結構です。

 

質問・菊地:樹(ミズナラ)の紹介、カンナカムイさんの紹介をもう一度、お願いいたします。

 

では樹から、大切なアンテナからお話いたします。

東京都内の山の中に、地上から三メートルくらいのところから、少しこう・・・横に曲がっているような樹だということです。本当にこれは、地元の方の知っている方しか知らないと思います。誰にも今まで紹介されたこともないような樹です。

山道を歩いて行って、本当の山の中にありますので、地元の方の知っている方しか知らないということです。樹齢は約400年。大きなムロのような状態があり、もう長く、この世界に立っていることではないと思われます。樹高はおよそ12メートルになっています。民家からだいぶ離れた山の中です。檜原の地区と、青梅の地区をまたいだ山脈の中に立っております。

そして、わたくしカンナ・カムイについて簡単に紹介させてください。まだ、白神山地が形成される前、蝦夷(エミシ)の前の時代、蝦夷と交流があった部族の神官として仕えておりました。

三内丸山遺跡遺跡を形成した部族の祖先だと理解していただければ結構です。

オカルト的なことでは全くなく、自然信仰が非常に高度に発達していた、あの地域の文明をつくった初期の頃の部族であります。いまはそのことだけを伝えておきます。

質問・菊地:単純に、樹から私たちへのメッセージというものはありますか?

 

過去のメッセージをみなさんに届けてください。それが自然界の包括したすべてのメッセージに近いものです。

 

菊地:過去のメッセージ」と先ほどの通信の中で言われているものをご紹介したいと思います。

2002~2005年頃に、出店した千葉でのエコロジーイベント直前に書いた言葉でした。

 

 

長い間

わたしは森の中で

たくさんの仲間や動物たちと共に生きてきた。

 

空気や水を浄化し

天や地の恵みを

他の生きものたちと分かち合う営み。

それが樹としてこの森での役割だった。

わたしは日々静かに佇んだ。

 

そして次の役目のときがきた。

迎えがきて、つぎの役割を果たすべく、

わたしは人間の住む下界へと降りていった。

 

わたしは人間の住む棲家の一部となった。

彼らをやさしく包み込み、受けとめ、共に呼吸をし、

新しい姿となって生き続ける。

Sachi kikuchi