マザーガイアからの便り・予告編vol.9

マザーガイアからの便り・予告編vol.9

2016.12.3 マザーガイアからの便り・予告編vol.9

縄文・人と動物との関係 (前編)

カンナ・カムイです。

今回も、わたし達が暮らしていた頃の話(約6000年前の縄文時代)、そして現在にも繋がっている物語を、ここにお伝えしてまいります。伝え手は、わたくしカンナ・カムイです。

本日もよろしくお願いいたします。それでは今回のテーマをいただきましょう。

 

質問・菊地:今日は人と動物とのつながりをテーマに、お話をうかがいたいと思っていました。

自然界において動物の存在は大きく、欠かせないものだと理解しています。昨今では、人と動物の関係にまつわる研究の進歩、そしてわたしたちの温かい理解も深まっているのを感じます。

縄文のどの時期かは不明ですが、犬を丁寧に埋葬していたと歴史にまつわる近代の記録で読んだことがあります。カンナさんの頃、人と共に暮らしていた動物としての犬の話もぜひ聞かせていただければと思います。

はい。我々は、かの北東北の地で生きていた頃の自然の中の動物、そして我々と交流していた動物。この二つの視点から本日は進めてまいりたいと思います。

 動物と我々部族との関わりとして、まず、今から約6000年前の話から始めたいと思います。我々部族は、以前も伝えていましたように、小動物、時には大きな鹿のような動物を、狩りをして食べておりました。

 その中で毎年1~2回程度、起こることがありました。我々の時代でもつい誤ってしまい、母親の動物を仕留めてしまったことがありました。その仕留めた母親の動物の傍らには、幼い動物、鹿で言えば小さな赤ちゃんの鹿、ウサギで言えば、子ウサギがおりました。

 そのような我々の狩りによって母親を亡くした、幼い動物との当時の関わり方をまずお伝えしたいと思います。

 

現実に起こっていた出来事ですので、メルヘンのような話ではないのです。これまでにもお伝えしましたように、我々の時代、確かに殺めて動物を食べることがありました。その中で我々の態度、精神としては、その仕留めた動物に対して礼をつくしておりました。

そしてその傍らに、幼い動物がいる時はいつも不憫に思い、我々の役目として多くは幼子が大きくなるまで、面倒をみておりました。

 または乳飲み子であれば、大切に育てながら、その命がそれ以後つながるか、つながらないか・・・それはすべて自然の中の神さまに委ねておりました。ここで印象深い話を一つ紹介いたします。

 あの時は、鹿の子でしたか・・・我々がその母鹿を仕留めて食しながらも、我々を頼りにしてついて来たのです。我々部族の子ども達も、よくその小鹿の遊び相手になり、そして小鹿も我々部族に懐いた、ということがありました。

 野生動物ゆえに、幼い頃に懐いても、大きくなれば野生の本能のようなものがあり、だんだん疎遠になって行きますが・・・

 それでは、我々の部族の頃の現代にもつながるお話で、ここから更に神話ではない馴染み深い内容に移ってまいります。当時の自然界、山の生態系を担っていたのは、熊ともうひとつの存在があります。それは、現代では、オオカミと呼ばれる存在です。

 山の神さま、山の使いとして我々部族は、それらの動物を敬いながら、尊敬の念を持って接しておりましたことは事実です。少しお待ちください。その時の状況、状態を思い出しながら少し回想いたしますので、30秒ほどお時間をください。・・・(以下、次週の後編に続きます)


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