作者別: 編集・kinosumaisha

マザーガイアからの便り・本編~ vol.18

マザーガイアからの便り・本編~ vol.18

2017.8.19   マザーガイアからの便り・本編~ vol.18

マザーガイアです。

今回は、自然界のあらゆるバランスをとっている存在達のお話をさせていただきましょう。

それは何一つ欠けてもバランスが崩れてしまいます。現代の用語でいえばオーケストラであるということです。これから秋、夜は虫が鳴きます。その風情、そして彼らの存在意義、このことをほんの少しでもお伝えできればと願っています。

伝え手はカンナ・カムイ。そして協力者とサポート役、今回はこの3名の構成でお届けします。
それでは、カンナ・カムイに引き継ぎましょう。

 

どのようにお過ごしでしたか、カンナ・カムイです。

マザーガイアからの便り、伝え手はわたくしカンナ・カムイです。そしてサポート役にこの録音では名を名乗りませんけれども、今回は自然界に精通して生きた、二人の女性のスピリットがサポートしてくれています。

それでは、本編・第18回目は「自然界のオーケストラ」そして再び自然の中へ、自分自身を探しにいきませんか、というテーマで始めましょう。

まず初めに、毎回この通信を読んでいる方々、今回初めてこの通信と出会った方々。皆さまに我々霊団から、そしてサポート役の存在からこの言葉を届けさせていただきましょう。

皆さまは、美しい純粋なきれいな水の如し、といった性質を持っておられる方々です。その純粋なもの、美しいものを今世どれだけその身体を離れる時まで身に付けているでしょうか。あなた方の判断にお任せしておりますので、この通信をひとつの道のアイテムとして、活かしていただければと願っています。

自然界の成り立ち、発生のおおもとはどのようなものだと思っていますか。まずはきくさん、あなたにお聞きしたいと思います。

 

回答・菊地:発生のおおもとですか。グレートスピリットだと以前あなた方からうかがっていました。

 

はい。そしてそのグレートスピリットはどんなことを意図しているのでしょうか。

自然界にあるもの、何でしょうか。草花、樹木、土でしょうか。その中にいのちを吹き込んでいく、すべてのいのちを育てるために存在している微生物でしょうか。
このどの一つが欠けても、自然の生態系、そして遺伝的要素を次の世代に繋げていくことが難しいですね。

親から子へ、その子はまた親になっていく。植物であろうが昆虫であろうが動物であろうが、我々人間であろうが、まったく変わりはありません。みんな同等の存在ですね。

ですがそれぞれ移動する範疇、そして得意分野が違います。
これはある意味人間目線からすれば、差別を生む要素かもしれませんね。ですが、差別という言葉はなんでしょうか。なぜ人間は差別という認識が芽生えたのでしょうか。あなたに質問します。

 

回答・菊地:自分より劣っている者、劣っていない者、という思考でしょうか。人間を頂点とした考え方からそれは発生しているのでしょうか。その辺り少し分からないところがありますが。

 

明確にお答えしましょう。
人間の素晴らしい素質。それは己を知り、内観し、そして思考しながら相手のことを理解する・・・この性質が人間特有のものです。あなたも長くヒューマンケアを勉強した実践家ですので、このことはよく分かりますね。

ならばその理想的なものはどうでしょう。両極の左右の間に、鋭い切れ味の刃があるとしましょう。これは使い方によっては、理想的なものになり、対極だと理想的ではないものになってしまう。これが人間に託されている判断材料です。

ですので、差別というものは、調和の対極に位置する意味を持っているということです。
この言わんとする意味をご理解いただけますか。

差別という言葉が悪いわけではありません。人間が判断する、そしてその判断は良い・悪いではなく、理想的ではないのか、理想的なものは何なのか、といった判断になります。

そしてこの世界、調和しながら助け合いながら延々と続いていく物語があるとこれまで何度もお伝えしてきました。

 

さて、虫の声はどのように聞こえますか?

回答・菊地:癒しですね。

 

この日本人に関してはですね。他の国でもそのような認識はありますけれども、また日本人は違う感性をもってあらゆるものと繋がろうとしています。
これは、人間の素晴らしい感性を日本人は持っているということです。責任があるのですよ。

そしてあらゆるものが発している振動数であったり、耳で聴き取ることが出来る声であったり、想念であったり。この世界はすべて関わり合いながら、支え合いながら、存在しています。

これをあなた方の言葉で言うと、そう、あらゆる楽器が調和しているオーケストラと位置付けましょう。オーケストラはどのようなことで成り立っているか、きくさん、あなたの知り得る範疇でいいので答えてみてください。

 

回答・菊地:たくさんの楽器があり、一つ一つの楽器が異なったメロディを奏でます。そのすべての旋律が組み合わさってすばらしい曲となり、演奏されます。

 

では、土の中に存在している微生物は、楽器に例えるとどのようなパートを担っているでしょうか。

 

回答・菊地:これはもう直感で、ボン、ボン、ボンというようなリズムですね。

 

はい。リズムを取るのに大切な要素ですね。打楽器としましょう。では草花はどのような楽器でしょうか。

回答・菊地:繊細なメロディを奏でます。これがいわゆるバイオリンのようなものでしょうか。主旋律を奏でるという。

 

そうですね。きれいな高音。すばらしいではないですか。そして次、虫や鳥の鳴き声、羽ばたきの音はどのような楽器でしょうか。

回答・菊地:吹いて奏でる楽器や、主旋律を担うそれ以外の楽器ではないでしょうか。

 

そうですね。筒状の中に空気を吹き込んで奏でるその振動数、そしてバイオリンより少し大きな領域を奏でる弦楽器ではないでしょうか。あなたもおやりになっていたからよく分かるでしょう。

では大型の哺乳類たちはどのような楽器でしょうか。

回答・菊地:コントラバスという、バイオリンの形の一番大きな弦楽器が浮かびましたが。わたしの直感は合っていましたか。

 

合っていますね。あともう一つ付け加えるならば、大きな打楽器ですね。ドン、ドンと自分の存在意義を他の存在達に知らしめるという。

回答・菊地:アフリカにいるような大型哺乳類ですね、まさしく。

 

おもしろいでしょう。楽器を自然界の存在に置き換えてみると。そして、次に話を移ります。

では、空を舞っているもの、大きな生命力に溢れているような樹木、鉱物の役割はどのような楽器に例えることが可能でしょうか。

回答・菊地:それも、大型哺乳類と同じような楽器ですか?

 

はい。意外と、ピアノですとか、そのような楽器ではないでしょうか。どこまでも音が響いていく。そして、感性に働きかけるような音階をピアノは持っていませんか?

次に人間の役割はなんでしょうか。

 

回答・菊地:そう聞いたとたんにわたしは、人間の役割をオーケストラの楽器に例えることが、自然界の他の生き物達のように思い浮かばないのはなぜなのでしょうか(笑)

 

人間の役割は指揮者であります。本来はそれだけ人間の役割は大切なのですよ。
ネイティブアメリカンは、その答えを後世に伝えていますね。
人間は決して選ばれし者ではありません。責任感が伴う存在です。いまの時代は理想的でしょうか。

回答・菊地:近代ではオーケストラのメンバーを調整しようとすることもありますね。

 

調整するのは悪ではありませんけれども、その他の存在の役割をちゃーんと理解しながら、その生態をおびやかさないで導くのが人間の役割ですね。

 

質問・菊地:指揮者というのは、勝手に団員を排除したりしてはいけない訳ですね。オーケストラが成り立たなくなってしまいますので。ひとつのパートが絶滅したりすると(笑)

 

そうですよ。ではおさらいです。土の中の微生物が発している波動、それは本当に耳を澄まさなけれな聞こえてきません。いわゆる神聖な言葉なのかもしれません。

そして小さくずうっと同じハーモニーを奏でている存在達。

またそのハーモニーをリズムに合わせ、自分のパートを力強く現す、そして秩序を持って全体のバランスを取ろうとする存在達。そのようなものはこの自然界に存在しますね。

微生物があり、水があり、風が吹き、太陽の光がこの地球に注がれる。それをエネルギーとしながら大小の動物、草花、樹木、爬虫類や昆虫。あらゆる大きさの哺乳類、魚類・・・総てが存在してこの星の歌、リズムが成り立っているのではないでしょうか。

まさにこの地球は大きな大きな共同体のオーケストラであるということです。音楽団ですね。すべての存在は音を発しています。すばらしいですね。

我々のようなスピリット界の存在は、そのオーケストラの観客です。
美しい演奏かな、どこかバランスを欠いていないかな、ああここのパートはきれいだな、でもここのパートは少し悲しそうだな、本来の環境とは違うのではないのかな、というように我々スピリットの観客は感じていますよ。

菊地:そうですね。たまにわたしも感じますよ。

 

さあ、あなた方の大切な物語は、このオーケストラを理想的な形にもう一度育て上げて、組み換えることを学習として経験していくことではないのでしょうか。

悪という概念はそこには存在しません。誤りだ、過ちだったという概念はありますけれども。
人間味を備えた人間という素質をお持ちの皆さんが、どのような持ち味を出していくでしょうか。また、どのような理想的な判断を、相談しながら、打ち合わせながら、失敗を次の教訓に活かしながら今現在もこれからも進んで行きますか。

環境破壊、それも無ければ分からないこともあったのではないですか。傷つけ、殺め合う経験、これも大切な歴史の教訓でしたね。ですがもうこれからは、そのような争い、小競り合いがなくなることはありませんが、いまよりはるかに少なくすることは可能です。

わたくしたちは、観客として、あなた方の演奏を聞くものとして、素晴らしいものを届けて欲しい。出来るだけ良い判断、良い演奏をして欲しい。そのように切に願っています。
もう、今日はすべて伝えることは全てお伝えすることが出来たと自負しています。

皆さま、今回の通信、聞いていただき、読んでいただき、感謝しています。少しでもあなた方の素晴らしい感性に届けば、我々のこの役割は完成します。

ありがとうございました。また、お会いしましょう。

マザーガイアからの便り・本編~ vol.17

マザーガイアからの便り・本編~ vol.17

2017.8.5 マザーガイアからの便り・本編~ vol.17

(編集担当・菊地より)今回は、これまでとは少し趣向を変えて、通信の中から印象に残ったメッセージと会話を抜粋しています。

全体として短い構成になりましたが、ひとつの写真が変わるごとに、ひとつのメッセージとなっています。屋久島の花と動植物、水の癒しエッセンスが届きますか? どうぞゆったりとご覧ください。

いかがお過ごしでしたか?マザーガイアです。本日もまずわたくしマザーガイアの挨拶から始まって、そして次にバトンを渡すのはカンナ・カムイです。

今回のテーマは、本当の意味での人間と動物達、例えば海の中に暮らしている者、陸の上に暮らしている者、そして空を舞うもの。この世界に生きている、そう、人間以外の生命体と人間との関わりというものを、我々の目線からお伝えさせていただきます。

では本日も始めましょう。

 

こんばんは。カンナ・カムイです。皆様方は人間らしく、自由なスピリットでありますように日々の暮らしの中で、ご自分の素晴らしい素質を再確認なさってください。そうすればあなた方の人生は成功いたします。本日もよろしくお願いします。

 

 

わたくしは今回の通信において、伝え手を担うスピリットで、カンナ・カムイと申します。

この星の生命活動に必要な存在は、この自然が織りなす生態系であり、そしてその生態系に生を受け、おのおのの人生の役割を全うした時間を過ごすという、大切な役割があります。

人間という生命体も、そこから外れることはありません。

ですので、生命体というのは、いのちというのはこの地球上に存在するすべてのいのちを指し示します。ですが、それぞれ役割分担が違います。人間の存在は本来、グレートスピリットの分霊であり、グレートスピリットに近いスピリットの性質を持っているという事を、まずここで位置付けます。

 

 

なぜならば、その他の存在は、これは差別ではありませんけれども、人間の役割分担とはまた少し違った役割を担っております。それはどのようなことかと言えば、人間が持っている、人間性の本当に良い部分を、そのいのちを燃やしながら人間に問いかける存在です。

言葉を変えるならば、人間に対するお手本のような存在でもあります。

では、人間の持っている性質はどのようなものでしょう。言語を介し、そして両手で相手の身体に触れ、状態を確かめ合うことが出来ます。自分を見つめる時間も十分に取れます。ですが、その他のいのち達はそこまでは至っていない状態です。それは、スピリットの進化の過程でしかたのないことだと我々は位置付けています。

 

 

さきほどお話ししましたが、人間以外のいのちは、人間に対するあらゆる問いかけの提供者だという事です。人間は、グレートスピリットの分霊として、本来の姿からかけ離れている状態のスピリットもおりますし、本来の姿に近づいているスピリットもあります。

これは経験、転生の回数、そしてその魂が持って生まれた物語の対応力によっても左右されます。そして、動物はどのような立場にいるのでしょうか。人間以外のいのちはどのような役割を担っているのでしょうか。

 

 

怒りに任せた仕返しというのは、どのような結果をもたらすでしょうか。

原因の解明にはなりません。感情と感情がぶつかり合っては、何も問題は解決しません。

 

 

ある時熊が山から出てきた、さあ、それをどのようにしよう、と現代の人間はなさっていますか?

 

質問・菊地:現時点で一般的には駆除という方向になるのではないか、と思うのですが。人に危害が加わると困るということが理由になります。それでも、やはりなぜこのようなことになったのか、という原因を理解してそこを改善していくという、根本的な解決策が必要かと。

それでもこの数年の間に「いや、駆除しなければならない」という意見もあれば、「いや、根本的解決に向けて物事を考えなければならない」という意見が、公の場でも決して突飛な意見ではなくなってきているのではないでしょうか。

 

 

本来動物であれば雑食性です。より一層栄養価の高いものを食べたくなるのが本能です。まれにではありますが、肉食の動物が人間を襲って食べようとするという事もあるでしょう。

これは、人間側からすれば脅威ですが、我々は日々何を食べていますか。ただ直接手をかけるのか、直接手をかけないで闇から闇へとその過程を知らない、または知らないふりをするのか、この違いとはいえないでしょうか。

 人間は特別な存在だ、他とは違った存在だという事で、人間を手にかけた動物は許しがたいという気持ちになってしまいます。このことを生態系の場面から見れば、まったく通常の営みと位置付けることが本当に不可能でしょうか。

 

 

人間の身近で動物として生きている存在達は、次に人間に転生する可能性を秘めております。

微生物から繋がる魂の進化向上のメカニズムは、あなたも過去に理解なさいましたね。

 

 

 

 

マザーガイアからの便り・本編~ vol.16

マザーガイアからの便り・本編~ vol.16

2017.7.29 マザーガイアからの便り・本編~ vol.16

こんにちは。カンナカムイです。

本日は14のスピリットから構成されている霊団の代弁者となり、25回目の物語をお伝えするためにやって参りました。

そして本日は、人は何のために存在しているのか、他の存在との交流はどうすれば豊かに前進していくきっかけになるのか。また有意義なスピリット同士の交流が出来るのか。いま現在の人間の在りかたはどうなのか。そのようなことも、物語上にお話しさせていただきましょう。

 

では本日も始めましょう。

はじめからこの通信を読んでくださっている方々へ、そして今回初めておいでくださった方々へ。次の言葉を我々からの挨拶としてお伝えしたいと思います。

みなさんは今回、ご自分の人生のテーマを、自分自身の進化成長ということで位置付けていると我々は認識しています。ですので、あなた方の良心に従った行動を選択していくことをお勧めしますし、あなた方もその思いにかられているはずでございます。

人間というのは自我がありまして、その自我が成長の度合いによってエネルギーになる場合と、ブレーキになる場合があります。

これからお伝えする内容をどうぞ、ご自分の道筋の一つとして、判断していただければ今回の我々のメッセージは成功いたします。

では、始めましょう。

わたくしカンナカムイが生を全うしていた頃、人々は助け合い、そしてその助け合いの中でも意見の相違がありました。

その中で、人間の唯一の解決手段は何でしょう。正直に自分の思っていることを語り合う、それがなければ問題解決にはなりません。

あくまでもこれは、相手のことをねじ伏せようですとか、言葉で言い負かそう・・・そのような対話の時間ではありません。

「あなたはどう考えているのか?わたくしはこう思っている」そして、この問題が発生した原因は何なのか。そしてその問題はどのような道筋から発生したのか、ということを根底に据えてコミュニケーションを試みる努力が大切です。

このような在り方が重要で、このような在り方こそが、すべての問題を解決する糸口になります。
わたくしの経験を踏まえながら、お話しいたしましょう。きくさん、人間の自我とは、どのようなものから発生するでしょう。

 

菊地・質問:推進力になるものですか、それともネガティブ働くもの、どちらでしょう。もしくはその両方でしょうか。

 

ABCのそれぞれ個別の存在があれば、それぞれ個としての意見というものがあります。それが自我というものです。我々が自我と言っているのは、それぞれの個の意見と位置付ければ分かりやすいと思われます。

自我を個の意見という位置付けでお話しさせていただきます。この世の中には、たくさんの人間が存在しています。

ひとつは、自然ゆかりの系統に乗っかっている人間達、そしてもう一つは、人間の欲望を満たそうとする人達。そして、その両方を経験しようと思う人達。中には名声が必要だ、そして財力が必要だ、そして人と関わる時に、相手のことを打ち負かし、自分の権限を誇示しようとする人間もおります。

これは、過去も現在も変わりがないことです。我々が生きていた縄文と呼ばれる時代も、全く争いがなかったわけではありません。個体に宿っている以上、必ずその個としての意見があります。好き嫌いですね。優先順位ですね。

その認識の差で争いが発生します。

ですので、この発生した争いは、必ず解決しなければなりません。そのために必要なものは、人間だけに与えられている言語、相手と理解を深めようとする精神性、この2つが大切な要素になっております。

縄文の神官として生きていたその時代、わたくしも自我が非常に強くありました。そうでなければ神官としての役目が果たせません。なぜかお分かりですか。これは、きくさん、あなたに問いかけております。

 

質問・菊地:自分の意見というものが必要だからでしょうか。意見を人々に伝えるためにも。

 

はい。そうでなければ、自分という存在を、相手にどのような人間なのかということを伝えること、知らせることが出来ません。そして、それに付随してきくさん、あなたという人間はどのようなタイプの人間なのでしょうか。思うように素直にわたしに思いをぶつけてみてください。

 

回答・菊地:わたしはカンナさんとも違う性質かもしれません。どうもわたしは自分をアピールするということが、どうも得意な方ではないらしい。
適度に自分の意見を伝えますが、なんでしょう、自分と他の個人というのが私の中ではある程度分かれていて、あまり人に干渉もしないですがこちらもあまり望んでいない・・・という性質なのかもしれません。尊重しあうのに適度な距離が必要といいますか。

 ただ承認欲求というのは人並みにありますよ。

基本的に権力の世界は苦手なのです。自分を誇示することが悪い意味ではなくて、いい意味で必要な当時のカンナさんのような立場の方もいますね。私はそれがそもそも得意ではないタイプなのだと思います。

初めてあなた自身の人間性、魂の性質、理解なさったと思います。

人はこの世界に生きている以上、衣を身に付け、自分を本来の自分とは違ったように見せ、ふるまう性質もありますね。それは自分を守るためです。

そしてこの通信を読んでいる方々、この会話を読んでいる方々にお伝えします。あなた方もまったく今現在、自分らしい生活をしていない、と感じている方々も多いでしょう。

なぜならば、本来とは違う生き方、興味を持っている領域が多少違っていたりするからです。

10人いれば10通り、100人いれば100通りの人生があります。

何を言いたいのか・・・広い、出来るだけ広いところに身を置き、自分の個としての大きさをはかることが優先だと思われます。さすれば、この審神者役を担っている菊地という人間と同じように、自分の内面の奥底に隠れている自分自身を発見することが出来るでしょう。

発見したならば、徐々にではありますが、自分らしさが生まれてきます。その自分らしさは自分を大切にするという思いに変化していくことでしょう。

その中で無駄な争い、尊重の無い意見の言い合い、相手より自分が優秀だという優越感。これを手放すことが、一人一人の今回共通する人生テーマでもあります。

その過程で沢山の経験をしてもいいのですよ。最終的にその真意を知っていただければ、その人生は大成功です。

わたくしも神官としての人生、沢山の経験をさせていただきました。生身の人間ですので、神官としての立場を自分に優位に働かせようと思った時期もありました。

これは、正直に生身に生きている人間ならば、誰しもが持つ感情です。そこでそれを暴走させるのか、少しずつ軌道修正させるのか。それぞれの経験値に沿った、霊性に合った判断をするのか、出来ないのか。このような時、いとも簡単に成長につながる選択が行えるわけではありません。

あらゆる葛藤の嵐の中で、どちらを選択するのか。そしてそこで行った判断が、その後の人生に非常な変化をもたらすことでしょう。人間の成長とは、このような中で望ましい判断を行っていく、絶えずその繰り返しの中で行われていくのです。

ですので、いまこの時代に生きているみなさん。自分自身の特性を理解し、成長させるのかどうなのか。今回の人生に当たって前もって準備していた物語を優先させるのか、異なった方へ向かうのか、どちらかの人生があると思われます。

 きくさんあなたも、生まれ落ちる前に準備していた人生と、その成長する過程の人生は違ったと思われます。あくまでもシナリオです。そしてスピリチュアルな事柄に造詣が深い方々にも、ひとつここでお知らせさせてください。

 

 

あくまでも生まれる前のシナリオはシナリオであります。それだけが唯一、真実の物語ではありません。そうでなければ、第二段目、第三段目の物語が用意されています。

ですので、どうぞ最初の予定と異なり、苦しんでいるのであれば、その二番目の物語があるということを理解なさって、スムーズに、正直に違う人生に移行してみてはいかがでしょうか。

あなた方の幸せ、人生の目的に沿った生き方をすれば必ず自分らしい在りかたと環境に行きつくことでしょう。焦らないでください。わたくしも過去にそのことを経験したスピリットです。

 そして次の内容に進んでいきましょう。

きくさん、わたしからあなたへの質問が一つあります。
100人単位、1000人単位、1万人単位の同じような目的を持った人間達がいるとしましょう。そこで、同じ目的を求めて互いに道筋を歩いているのに、なぜ途中で仲たがいしながら、相手を責めようとして、自分の行動を正当化しようとするのでしょうか。

これらのことは、どのような働きがあってのことかをご存知でしょうか。

 

回答・菊地ええ。過去に私もそのことを身近に見聞きし、大いに悩んで勉強しました。初めは一体どうしてそんなことになるのか、悩み苦しみ、長い人間不信にまで発展しましたが、今は分かる気がします。

ある時私の前で仲間同士、尊厳を傷つけあうような言い争いの場面が繰り広げられました。

その時、私のなかで、ぷつっ、と突然糸が切れたのです。

もう、こんな所に関わるのはこりごりだ、仲間同士こんなことをしているから、世間に理解されない、時に相手にされないのだ・・・とうんざりうな垂れ、そこから離れようと思いました。

これも学びの場面だったと思います。それでもその一人一人の良い面、誰にも負けないほど純粋でひたむきな面も知っていたのですよ。

私自身も若く、今よりずっと若さの力に任せた行動と思考形態でした。時に悔し紛れに思いやりに欠ける言葉や態度を取ったこともありました。程度の差はあるにしても、人のことは言えないですね。いのちの尊厳を守る活動領域でのことでした。

その後、あらゆるものに触れ、出会う中で、これはあらゆる領域でも同じことが起こっているのだ・・・とわかりましたが。

最終目標という大きな目指すところはみな同じです。

ですが、人間は全く同じように考える人など一人もいませんので、その目標に至るまでにどう進めていくのか、という細かいルートは一人ひとり違う意見が出てくるはずです。

そこに固執してしまって、他の意見に対して、自分の意見の方が間違いない、優れているという感情が発端となっていると思っているんですよ。その時はその大きな共通の目標を持った仲間であることを見失ってしまうのだと思います。

そして現在も少し離れたところから同じ最終目標を持って応援しています。わたしはわたしの出来ることをやりながら。

はい。その通りです。

そしてあなたのいまの経験から、理解につながったことをわたくしたちの目線からお話いたしましょう。今あなたがお話ししてくれたことは、この国の最高機関でも行われています。国会と言われている場所です。国には各国会がありますね。その中でもまったく同じことをしています。

ニュースをみていて、それに「ああ、まったくその通りだ」と思う人はあまりいないでしょう。なぜこの国のために働かないのか、なぜ自分の主張を通そうとするのか。まったく無駄な時間とエネルギーを投じております。

その間に困っている国民、困っている存在たち、動物、自然界もそうですね。そのような本当に改善しなければならない、協力しなければならない状況があるのではないでしょうか。そのように協力しあうためにこの人間社会は存在しています。

どのような意見の相違があっても、改善したい、少しでも良くしたい。と思うならば、まずは相手の主義主張を聴き、ある程度時間をかけながら判断しなければなりません。

引くところは引く。聞くところは聞く。

そして自分の感情がどこからやって来ているのかということを知ることが、この人間社会のさらなる進歩につながっていくでしょう。

我々は強くそのような在りかたを願い、我々の言葉として皆様方に理想的な在り方を、何度も、何度も時代を超え、100年前もそうです。50年前もそうです。同じことをお伝えしております。

そのことを理解しながら、互いの交流をなさっていってください。

それが人間世界、そして人間世界に左右されている生き物の世界、動物達がそれぞれ本来の姿と関係性で発展していく土台になります。我々の営みを底上げし、力強く守ってくれる自然界。それを健全なものにもう一度再構築するのが、現在生きている人々の責任です。

どうぞ、解決策はあなた方の手のひらに委ねられております。我々は、道しるべを示す羅針盤です。

どうぞ責任を持って、人間性を持って判断していっていただきたく、切に願っているのですよ。みなさんへのメッセージをお届けさせていただきました。ありがとうございました。

マザーガイアからの便り・本編~ vol.15

マザーガイアからの便り・本編~ vol.15

2017.6.17 マザーガイアからの便り・本編~ vol.15

こんにちは、マザーガイアです。

本日は、樹と精霊をテーマにしています。そしてその樹と精霊にまつわる我々スピリットの役割、あなた方現代に生きる人間との関わり方、その理解力の向上といった内容で、お伝えさせていただきます。

7月、8月と幾分長編になる予定ですので、この6月の最後の我々の通信は、少し短いメッセージをお届けしたいと思います。

 伝え手は、カンナ・カムイです。今回のソースはカンナ・カムイ、彼自身にお任せいたします。なぜならば彼は樹木、そして自然界の精霊と縁が深く、人間として生きた時代もつながることを行っていたものですから。(約6000年前の縄文時代、北東北での神官として生きた時代)

では、本日も始めましょう。

 

こんにちは、カンナ・カムイです。

今日はわたくしが約6000年前、縄文の頃に自然と交流していた話を、物語風にお話しさせていただきますね。

そしてまず、この通信を読んでいるすべての方々に、このようなメッセージをお伝えいたします。

みなさんは、ご自身の人生の物語をおおまかにではありますが、理解なさっている方々です。そしてあなた方が自然に触れた時、庭の草花、そして街路樹、そのようなものと常に日常的に交流できる素質を持っている方々です。どうぞわたしの言葉を心の残ったものだけで構いません。素直に受け止められ、日頃から自然との交流をなさっていただきたいと切に願っております。

では、マザーガイアからの便り、本編・第15回目を始めましょう。

前回に続き、今回は樹木という種類に限定して、それを司り見守っている精霊のみなさま方、そしていま現在生きておられる人々の関係性といいますか、今現在生きている人々に対する、自然界からのメッセージのような内容も織り交ぜながら、お伝えさせていただきます。

では、本日もまず審神者であるきくさんに、お尋ねさせていただきましょう。あなたは樹木と聞いて、どのような樹の種類が思い浮かぶでしょうか。何種類か思い浮かぶ種類を聞かせてください。

 

回答・菊地:ミズナラ、栗、杉、けやき、桜・・・などですね。

 

はい、美しいですね。今あなたが話した樹の種類は、古い種に属しておりますね。縄文は栗の文化です。そしてドングリの文化でもあります。桜は美しい花びらを我々に教えてくれました。当時の桜は今の桜とは違い、とても小ぶりな花を咲かせていました。山桜です。

我々の頃は樹を植樹する、植えるという事ではなく、自然が育てているものという認識でした。自然の秩序、そして物語があり、それを反映するのが樹の役割だったと思われます。

樹には各種本当に素晴らしい役割があり、精霊の方々もその背後にいらっしゃいました。今現在でもおりますけれども。

当時は、精霊と我々との本当の交流が、現代の人々よりはるかに出来ておりました。

その中でわたしのような役割の者を介しても、時にメッセージを地域の人々にお伝えしていました。自然の神秘、自然への畏怖の念を当時の人間は現代の人間よりはるかに深く理解していたものです。

当時の、今で言う縄文に属する性質の人々は、そのような感覚を自然に身に付けておりました。自然と交流するということにおいて、素晴らしい黄金期のような時代でもありました。

あなたはその時代のことを想像できますか。このカンナ・カムイが生きた頃の北東北の物語でございます。

 

回答・菊地:いまもその地方に、そのようなエッセンスが息づいている感覚が、よく分かるといったところです。恋しい、懐かしい、郷愁のような。でもそれはごく自然に根差しているエッセンスといいますか。これは肌で感じる感覚、といった方が正確かもしれませんね。

 

そうですか。素晴らしい感覚ですね。我々は自然に畏怖の念を持っているというより、一体であった、ということです。自然の摂理の一部の種類であるということです。そのことを我々の民族はよく理解しておりました。これは世界中の民族でも、非常に稀な民族だと思われます。

 

質問・菊地:いわゆる日本の北の地での縄文・自然信仰は、そこから生まれているのですね。

 

そうでございますよ。当時は本当に精霊と交流することが出来る人々がたくさんおりました。わたくしはあえて神官と名乗っておりますけれども、部族の代弁者というような位置づけでした。ですから何も特別な存在ではなかった、ということでございますね。村長(ムラオサ)のような役割も担っておりましたので。

では本題に取り掛かっていきましょう。

樹木の中には、実をつける樹木、そして実はつけないもの、花を咲かせる樹木。たくさんの種類があります。そして自然界の摂理、その摂理の背後にある、我々人間の目には見えない魂の世界、スピリットの世界・・・

そのスピリットはどこからやって来ているのか、ということまで我々の時代、ある意味理解しておりました。そうでなければあのような文化は発生できませんでしたね。土偶にしてもそうです。あらゆる出土品が物語っております。

ここでたくさん枝分かれさせた内容でお伝えすることは、あえて控えておりますけれども、おおまかに言えば、樹の種類によって当時、我々の生活の営みが守られていたという事です。

 


樹は、我々部族の母親のような役割を担っておりました。絶えず樹に対して感謝しながら、我々の棲家の一部になる時も、誠心誠意全霊を尽くして交流しながら、「いただきます、お預かりいたします」といった思いを込めて使っておりましたが。

今はそのような志が非常に薄らいでいて、我々も残念に思っております。ですが、この我々の思いは、一部の地域にまだ根差しております。何処か、あなたはおわかりですか。

 

質問・菊地:例えば、先ほどお話しされた地域などですね。

 

はい。まず、木の実がなって我々の食料になり、そして自然界に生きる我々の仲間、動物や鳥、虫たちが木の実を食べて生命をつないでまいります。

その物語がなければ、自然界に感謝の気持ち、樹木の尊さ・・・といった心が芽生えません。自然の中には、すべての存在に対して用意された、グレートスピリットの計らいが存在しています。それが木の実の成る樹木の役割です。言い換えればそうですね、母親のような存在でございますね。

もう一つ、木の実を持たない樹もありますが、それは宿り樹のような、我々を含め生き物たちの身を守る家をつくる素材にもなりうる、自然界での大切な役割を持っています。傘のような役割をして一年中、その下の生き物たちを守りながら、周りの環境を整えるといった役割。この2種類の樹の存在があります。

そして、木の実を付ける樹は、必ず花が咲きます。その花は山の色彩を彩りながら、今で言うならば美しい極楽浄土のような、天界のような雰囲気を醸し出しておりました。天界というのは、何もないところではございませんよ。色彩が豊かで美しいところです。イメージできますか。

そしてあなたが先程言ったナラの樹。ナラは、自然界の中で少しでも長く身体を温めるもの、薪などに適した樹でした。ナラは、ドングリの実をつけます。

ナラはまた、現代で言えば、ダムのような役割をしております。他の樹よりも数倍、水を貯えることが可能でした。それは、山の自然の火災を抑える働きもありました。我々は、そのようなことを自然の精霊の方々から知恵を借り、我々の生活、部族の繁栄に使わせていただいていたのですよ。

それが自然と色濃い関係性をもった部族、我々の存在であります。

そして似たような性質を持った部族は、世界中に何か所かおりました。あなたもご存じのように。北米大陸にいた方々もそうですね。そのような部族がこの世界にはたくさん存在しております。付け加えるならばオーストラリアの原住民のアボリジニの方々もそうですね。彼らはアフリカ大陸から発生した方々です。そして以前お話ししましたけれども、この地球の影響だけではない、発生のルーツもありますという事です。

このように、この惑星地球には、樹がなければこの自然の生態系が維持できませんし、そこに暮らす我々人間を含めたあらゆる生物は存在も出来ません。

この現実、この在りかたをもっといま生きる方々に理解していただきたいものでございます。必ず自然界の背後には、我々の想像を超えた、高尚で慈愛に満ちた存在がいるということ。精霊ですね。その存在がいなければ、この生態系の維持も出来ません。わたしは当時神官として40数年仕えましたけれども、そのようなことを肌身に染み、本当に理解させていただきました。

この経験はわたしのスピリットに対しても、沢山の遺産を残しました。その後の人生は人間として生まれるのではなく、このような役割を進んで担おうと誓った最後の人間としての経験でありました。

 

ここで同じ性質を持った種族の末裔の一人として、あなたからの質問をいただければと思いますが。

 

質問・菊地:カンナさんは、当時実際に精霊の姿を見ていたのでしょうか?当時のお話しも少し聞かせていただければ、何かと様子を想像出来そうです。

 

わたくしが自然の背後にいらっしゃる素晴らしい存在、精霊という名前で位置づけましょう。彼らと交流するには、このような決まりごとがありました。

決して人には口外しないということ。そしてその姿は当時の我々が理解の出来る範疇でその姿を見せてくれるということです。これは国や文化が違えば、違う姿となって見えるという事ですね。

当時は、丸い球のような形をした、色彩豊かなそうですね・・・赤や緑や青、黄色、そして金色ともいえる球で見えておりました。わたくし自身の話です。

それはお祭りのようものでしたよ。きらびやかで美しく、時には鳥が飛ぶように雄大な姿を見せてくれる時もありました。

本当に〇〇(なになに)の化身のようには、わたしは見えませんでしたね。それは当時の部族の我々が、そして私個人が認識できるものだったのでしょう。

そしてこのように、ある部族の女性の方が言っていました。

何やら、羽をはやした自分の幼い娘のような姿で見たことがあると。鳥のような、人間のような。そのような姿で見たことがあると、当時その女性の方が言って居りました。

「ほう、それは紛れもなく精霊の存在なのだな」とわたしは理解しましたけれども。女の子のわらべの姿に鳥の羽が生えていた。決して白いわけではありません。鷲のような、鷹のような、猛禽類のような羽をはやしたわらべが飛ぶ姿、そしてこちらを見ている姿を何回か見たとわたしに伝えましたね。それもなにやらうれしそうな笑顔で話してくれました。

 

そして我々の部族は、視覚的に見るのではなくて、感覚的に感じる方がたくさんいましたね。いま空気が変わった、風が自分たちの間を流れていった・・・これは精霊のみなさんが通って行ったのだな、との意味合いで彼らの存在を認識しておりましたよ。

この話にみなさん興味があるか、面白いのかわかりませんけれども。当時の我々の認識です。いかがでしょうか。

質問・菊地:ありがとうございます。そしてわたしも、風がいま自分の周りをぐるっと取り巻いて行った、と感じたことがありますよ。

 

はい。そして何か、触れられた、といった感じもそうでしょうね。
当時わたしは神事にまつわっている時は、先ほども申したような毬藻のような形の精霊を、色彩豊かな色で見ておりました。そのようなものを見ていると、こちらもうれしくなってしまうのですよ。お叱りの言葉などは一度も受けたことがありません。たえずそのままでよい、といったイメージが、当時の言語で伝わってまいりましたけれども。

今日はこれまでと比べて少し物足りない内容かもしれませんが、本日はこの辺でおいとまさせていただきたいと願います。また来月お目にかかりましょう。 

マザーガイアからの便り・本編~ vol.14

マザーガイアからの便り・本編~ vol.14

2017.6.3 マザーガイアからの便り・本編~ vol.14

マザーガイアからの便り、では今回も始めましょう。

本日のソース(情報源)は、第五番目と七番目のスピリットです。

そして、伝える役目を仰せつかっております、わたくしカンナ・カムイです。
本日も時間の許す限り、この審神者役と通路を介して、我々14のスピリットからなる霊団からのメッセージをお伝えするために、ここにやって来ました。

では、読者の方々への挨拶という事で、この言葉をみなさんに届けさせていただきます。

軽やかなスピリットが人間の身体に入り、制限を受けつつ、ご自身の能力を開花させていきます。そして人生の意義、互いに支え支えられるという経験、また、あらゆる命の存在を大切にして生活していく中で、この世界で生きるのはほんの数十年の間ではありますが、確かに素晴らしい体験を毎回毎回積んで行っております。

みなさんは、素晴らしい経験をしているのだということを改めて感じ取り、残りの人生、目的を持って生きていく中で、この通信でお伝えする言葉が少しでも役に立てば、と願っております。

この通信を毎回読んでいらっしゃる読者のみなさま、初めて目にする方々。どうぞ必要なものだけ、必要な内容だけをご自分の人生の糧にして、わが人生を謳歌なさってください。さすれば我々のこの役割は成功いたします。

本日も、よろしくお願いいたします。

 

今日は自然の奥深くにある、そう、精霊の世界と人間の関わりの話を始めましょうか。

自然の背後にある、豊かな精霊の世界。そして、その精霊の世界から見守られ、支えられ、守られているこの人間の世界。この2つの関わりを長くはない時間ではありますが、お話しさせていただきます。

さて、精霊と言えば、どのような存在で、どのような姿をしているのか・・・など、あなた方は思い描くことでしょうか。

 わたくしカンナ・カムイが生きていた頃(約6000年前の北東北での縄文時代)の精霊の姿というものは、キラキラと輝く水の如し、純粋で混じりけがなく、留まることを知らない水の流れのようなものであります。

 なかなかイメージが出来ないかもしれませんが、精霊の本質というものは、水の流れ、その水に太陽の光がキラキラ反射するようなものであると、ご理解していただければと思いますが。

きくさん、どのようにあなたはこの話を受け止めておりますか?

 

質問・菊地:それは性質、本質のことをお話しされたのでしょうか、それとも見かけの姿のことなのでしょうか?

 

見かけも性質もその通りです。人間は、このような体という個体に入り、個としての存在を許された存在でもあります。許されたというのは、語弊があるのかもしれませんけれども。

精霊というのは、自然の背後にあって、自然そのものに溶け込みながら、我々を見守っている存在です。たまに、わかりやすい容姿をして、目の前に現れることがありますが、絶えず何にも属さない、そして自然そのものの性質、躍動感、各いのちを育みながら育てていくといった役目を担っております。

時には威厳のある動物の姿になり、時には途方もなくそびえ立つ、樹の姿にもなります。

ですので、自然そのものが精霊そのものだということを、理解していただきたく、わたくしカンナ・カムイはこのような言葉をあえて選んで、あなた達にお伝えしておりますよ。

読者のみなさま、そして審神者のきくさんにお尋ねします。

あなた方が認識として感じている自然の中の神様。我々の認識で言いますと、精霊と呼ばれる存在のみなさまがそれに当てはまります。

各精霊のみなさまは、各担当なさっている対象の生命体に対して、深く深く関わりを持っています。

まず、精霊と言われまして、どのような存在が浮かぶでしょう。読者を代表してきくさん、わたくしに感想を述べてくださいね。

 

菊地・質問これまでに読んだり伝え聞いたことによると、精霊というのは、水、草花や木、そして岩や石、自然界の存在をそれぞれ司っていて、成長を育む役割を持っていて、それぞれ特徴的な容姿を持っていることを知っています。精霊は人間に遊び心などを授けてくれる存在だという事も聞きました。

 

そうですか。非常に正確な見方かと思われます。

そして精霊の役割は次の通りです。いま、審神者であるあなたが言われたことに付け加えるのであれば、このようなことを付け加えればもっとわかりやすいのではないでしょうか。

 精霊は自然界、人間の姿・在りかたのお手本を見せてくれているということです。なぜかと言えば人間自身も、精霊のように、精霊の如く、自然界と付き合うことは可能であるという事です。

精霊という存在は、グレートスピリット、創造主の片鱗を持っているスピリットですので、独立しております。あなた方もグレートスピリット、創造主の分霊ですので、この二つの関係性は非常に似ていて、本当に近い存在であります。

性質上の違いはあれ、もともとの素質は同じなもので、交流することは可能なのですよ。

一度、自然の奥深いところに出向き、ご自身は自然の中の一部だということを感じながら交流すれば、必ず精霊のみなさま方は、あなた方の問いに対して答えてくれます。そのような存在です。わかりやすいでしょうか?

 

質問・菊地:はい。精霊は片鱗という事ですが、人間は分霊という事。この違いはなんでしょう。

 

そうですね。この次元の、この世界の話で片鱗ということをお伝えしておりますが、グレートスピリットの片鱗というのは、我々の認識とすれば次の通りです。グレートスピリット、創造主そのままを、小さくしたような存在であるという事です。

分霊は、分岐して、切り離して学ぶためのスピリットになっている。この差がありますね。

 

質問・菊地:いずれにせよ、その片鱗である精霊には、グレートスピリットがそれぞれ役割を与えられたということなのですね。

 

そうですよ。自然界の要素であります、水を司る精霊もあれば、植物界を司る精霊もおります。そして、動物界や人間をサポートする役割を担っている、精霊もいるのですよ。

そう、片鱗を持ち合わせた精霊とういうものは、人間に生まれた経験は稀にあるのかもしれませんが、ほぼ例外なくそれはないことでございます。

 水には水の精霊があり、植物は植物の精霊がいる。平たく言えば専属があるという事です。例えば水の精霊は、このようなイメージです。

コロコロとキラキラといつまでも子どものような心を持ちながら、その在りかたを維持していくような、何物にもとらわれない水のように、透明な性質を持った精霊だという事です。これは、姿形はありません。

そして植物、樹木を司っている精霊というものは、その種類によって異なりますので、ここは事細かく容姿を伝えることはなかなか難しいと思います。

ですが、大きな樹になればなるほど威厳を持ち、そしてあなた方人間が、樹齢1000年やら2000年と呼ぶような樹木の前に立てば、おのずと感覚的に分かることでしょう。畏怖の念を持つという事ですね。

精霊は、使者という言葉が非常に望ましいかもしれませんね。あなた方人間のスピリットは、使者ではありませんので。

 

質問・菊地:人間は分岐させ、グレートスピリットに近づいていく、というのが目的であって使者ではない、ということなのですね。

 

その通りです。ですが、使者とグレートスピリットの分霊であるあなた方は、交流することが可能です。ということを、改めて認識として知って欲しいと思うのですね。

そのようなものが内在していれば、あなた方の人間の善き心に働きかけ、本来はどのようなことをして行けばよいのか、ということを、その精霊方は、あなた達のスピリットにメッセージをくれることでしょう。

それが大きな樹木、きれいな水、そして大きな岩の隣に行った時。または交流した時に天啓に打たれる、目覚める、といった経験談。それはあなた方人間の先駆者のメッセージとして、そのような物語はたくさんあったと記されておりますが、いかがなものでしょうか。

 

回答・菊地:そうですね。

 

そして、改めなければならないことが一つございます。

精霊や妖精は、人間を目の敵にしている、人間をあまり信用していない、といった過去にそのような書物もありました。

それをあなたは今、この時点、我々と交流してどのように思われますか?これは我々からあなたに対して、そしてそのような書物を読み認識している方々、この読者のみなさまに対して我々からの問いかけです。代表してきくさんいかがですか?

 

回答・菊地:自然や動物に対して、人間はひどいこともするので、人間を信用していないものも一部ある、という表現なのかと思っていました。

よくは分かりませんが・・・精霊の世界の話というのは、大変に奥が深いのだと思うのですよ。西洋的なものや東洋的なもの・・・東洋的なもので言えば天狗ですとか、いろんな自然霊があると聞きますし。人間にもいろんな成長段階があるように、精霊にもそのようなものがあって、段階によっては・・・ということも考えられますが、どうなのでしょう。

 

わたくしたちは、一部のその誤った認識をとりただすために、このようなことを敢えてお話しさせていただいております。

ただひとつ、正確にものを申しますと、人間に協力的ではない精霊もおります。ただし、人間の心根を否定するような心は持ち合わせておりません。このように訂正させていただきたいなと思い、敢えてこのことを言葉に変えました。

わたくしも過去にそのようなことを体験して、よく理解しております。

ですので、地域の格差、そこに暮らす人々の認識の違いもあります。メッセージの受け取り手がそのような状態であれば、「精霊の一部は人間に敵意を持ってしまっている」といった認識があったのかもしれませんね。

ここで改めましょう。精霊、妖精と呼ばれる存在は、決して人間に懐疑的ではありません。なぜならば、この自然界と人間は表裏一体ですので、兄弟姉妹のように思われているでしょう。

わたしもそのような経験をいたしました。昨年の通信でもお話ししたように、(縄文の頃)食料に困った時に教えてくれたのも、樹の精霊の言葉だったと認識しておりますよ。

では質問です。小さな哺乳生物、リスやネズミやそれに準ずるような動物たちと大型の熊やネコ科の動物。本来そのようなものたちと、人間との本当の交流はどのようなものでしょうか。あなたの認識を聞かせてください。

 

回答・菊地:われわれは、彼らを武器やなにかで殺すこともできますが、小さなものたちはできません。わたしたちは彼らの役割を理解して認め、脅かさない、互いの進化成長を助けていくというのが、これまで聴いたところです。とても共感していて、そんな世界を目指すために仕事をしたいと願ってきました。

 

はい。小さな動物達というのは、姿形が我々人間の認識からすれば、可愛らしいという、何か守らなければならない、というような容姿をしておりますね。

それは我々人間のグレートスピリットの分霊が内在している限り、可愛いもの、幼きもの、そして小さなものを守るのが我々の健全な心であり、精神構造です。

それはどのような意味をもつのか・・・

互いに育み合い、そして必要な交流をするという事です。これは可愛がり方、愛し方、そしてどのようなことをすれば互いに健全に交流できるのか、ということに繋がって行くと思われますけれども。

 

質問・菊地:ではその精霊というのは、人間に対してはどのような役割を持っているのでしょうか。

 

役割というものは、その時その時によって変わってまいりますけれども、本日あなたが解りやすいような体験をなさっていますね。

 心身が痛んでしまって自然の奥深い癒しを必要とすれば、その必要とする人に対して、癒しのような、守り育むようなエナジーを届けてくれますが、それをあなたは今日、受け取ったはずです。そのようなことも可能なのですよ。

 

回答・菊地:それは一つの関わりの例ということですね。では、今日の例をもとに考えていきましょうか。

簡単に状況を説明すると、私は、長年の背中・腰・肩甲骨付近の疲れが取れず、それが長い悩みの一つでもありました。これまで医療や、身体が楽になるホリスティックな施術を、どうにか仕事をこなしていくために受けてきました。最近は、身体が求めた指圧などの施術を重ねて受けて、いくぶん、コリと重さが和らいできたような気持ちもしていたところでした。

今日わたしは、昨日からの気分にしたがって、自然深い、巨木が連なる参道のある場所へ出かけました。そこで一本の「とても女性的な木」と感じた杉の巨木に、思いのままに痛む部分の背中を預けて、しばしの時間を過ごしました。

しばらくすると、その部分が温かくなり、芯の重さが和らぎ、明らかに楽になりました。これはこれまでのお話しからの視点によると、どのようなことが起こっていたのでしょう。

 良い経験をなさいましたね。一つその前に付け加えることがあります。長い悩みですので、この経験をする前にあなたは肉体レベルで一定の期間信頼できる方の医療や施術を受け、心身共にほぐれた状態で行かねばなりませんでしたね。このことが重要だったのです。 

そして次に移ります。どのような作用があったのか、樹とどのような交流があったのか、それを知りたいということですね。お答えいたしましょう。

聖地とされる場所がございます。我々は、あなた方が認識している神社という場所は、聖地と位置付けております。

なぜならば、精霊の住処であるという事です。神社には神様が奉っておられる、それは、精霊の存在がそこにおられるということです。

この辺からのくだりで、なにやら理解なさったのではないでしょうか。

神様と呼ばれる存在は、精霊でもあるという事。ここでの日本でいう所の各神様は、グレートスピリットのことではありません。

これをもっとかみ砕いて分かるようにするならば、西洋では天使と大天使と呼ばれる2つの存在がありますね。これは本当に分かりやすく、ある意味乱暴なことなのかもしれませんけれども・・・

日本の聖地には、そのような分かりやすいことが求められるのだと思います。

 ですので、大天使、そして普通の天使。この大天使と呼ばれるものは、日本で言われる精霊・各神様と同じであるという事です。

そして、〇〇の神様、または樹の神様・、水の神様・・・神社にまつられる神様というのは、西洋に置き換えれば大天使がそこに奉られているということです。

これで、お分かりになりましたか?編集はあなたにお任せしております。わたくしたちはあくまでも、この中で真実、本当のことをお伝えし、その中でかみ砕いて分かりやすくお伝えしているつもりなのですが。

 

 

質問・菊地:スピリチュアリティや精神世界の分野で、それらに書かれているたくさんの本の内容の多くでも、天使、精霊、その他にも女神という存在がいて、それぞれ別の存在だと位置づけられていることも多いかと思うのですが。なので私も、そうなのか・・・と思うこともありました。

 

非常に難儀な形態になっておりますね。あまりにも自分で感じ取っていないからこそ、他の方がなさったことに対して順応していくということですね。我々のお伝えしている意味は次の通りです。

 

約70年前、最初にシルバーバーチ霊という我々に近々しい存在が、あの時代にあの霊訓を残しました。当時はセンセーショナルなことだったでしょう。その頃は、あまりにも分からないことが多すぎた。そして、この第二波の時代が来ました。我々の役割は、時代に沿って次の段階にあります。

人間は完全ではありません。誤って認識していることもたくさんあります。ですがフェアリー、精霊、天使、それは違うものだ・・・という認識とのこと。

ではなぜグレートスピリット、創造主の片鱗を内在しているスピリットなのか、ということを冷静にあなた方の真摯な感性で理解して頂ければ、おのずとご理解がいただけるのではないでしょうか。

この誤解を解くには非常に難儀で、わたくしたちはその準備をこの1千年の間かけて準備しましたが、なかなか人間のそのような思い込みというか、違った認識を変えること、組み替えることが難儀なことです。

ですのであえてここでは我々は、種まきをしながら、次の世代、また次の世代に物語を伝えていくということでございますね。あなたが敬愛している宮沢賢治さんは、そのことをなさった一人です。

質問・菊地:とにかく精霊という存在は、それぞれの役割に応じてたくさんいる存在という事ですね。

 

そうなのですよ。精霊も経験値を積んで行けば、役割も違ってくるという事でもあります。

 

質問・菊地:では、わたしが今日出掛けて行った神社では、木と共に精霊は何をしてくださったのでしょう。

 

あなた方、女性の存在に近々しい、いわゆる日本で言えば、そうですね、日本で言えば女神に値するような、成熟した本当に育むことを得意としている精霊、スピリットだと思われますけども。いわゆる女性的な精霊といった方がよろしいですね。

 

質問・菊地:その精霊の方が、木と協力して何をされたのですか?

 

あなたの本質を癒したという事です。あなたの本質、非常に奥深いその領域に働きかけたのでございます。木の中にそのような存在が入ったという事です。あなた方、人間のボディにスピリットが入っているのと同じです。その木と精霊は表裏一体なのですよ。あなたを癒すために、わざわざそこに入ってあなたを癒しているわけです。

 

質問・菊地:その木の担当の精霊でしょうか。その方がその木の中に入ったということですね。私は一目その木を見た時、とても女性的な木だと感じたのは、そういう事なのですね。

 

そうでございますよ。

 

質問・菊地:そして私がその次に行った木で出会ったのは、どんな精霊の方だったのでしょうか。

 

遊ぶ心、童心を持った精霊がそこに存在しておりましたね。非常に無邪気です。そうすると、あなたの無邪気なところに作用してまいります。

そのような、この2つの対応が今日なされたものと思いますけれども。成熟した精霊は親のような存在ですからね。わたくしもまだまだ精霊には程遠い存在です。

 

質問・菊地:私の今日の経験から、精霊という存在が、いったいどんな存在なのか、そして人間との関わりという事を振り返ることができました。

 

よい体験ですね。そして精霊界は非常にユニークです。

たとえばあなたが良く知っている、無邪気なこどものような精霊。日本で言えばコロボックルのような非常にこどもらしく可愛らしい存在がおりますね。その彼らも経験値を増せば、先ほどのあなたを癒したような存在になり得る可能性があるのですよ。

 

質問・菊地:コロボックルもそもそも精霊で、その精霊の幼子のようなものだということなのですね。

 

そうです。あなた方が生まれて赤ちゃんになり、幼児になり、成長していく過程と全く同じです。身体はありませんので、生まれ変わらないで経験値を増していくという事です。

 

質問・菊地:水や岩の精霊もそうなのでしょうか。いわゆる水や石で癒されるということは、ある意味、見えない部分の働きの部分では、その精霊の働きがあるということ。木と同じように花もそうですね。動物の精霊はどうでしょうか。動物にも精霊がついているのですか?

 

あなた方の守護霊と同じようなものがついております。動物の場合は、個として一つ一つ付いている訳ではありません。

樹や花にも精霊は一つ一つに存在している訳ではありませんが、その種類に、ちゃーんとついております。時空も空間も制限なく、どこにでも自由に現れることが可能ですから。

 

質問・菊地:国連とも連携した活動を行っている、スコットランドのフィンドホーン財団という団体で初期の頃、精霊と協力し巨大な野菜が出来た話などは、精霊の存在と役割を世間に伝えるためだった、とも言えるのでしょうか。

 

そうですね。ある意味のパフォーマンスとも言えます。彼3人、フィンドホーンの初期のメンバーは、それに長けている能力を内在し、それを目的として生まれてきた3人でございますから。

 

 

質問・菊地:わたしもたった一度だけ、精霊と出会ったことがあるんですよ。このテーマにちなんでお話しできてよかった。

10数年前に、黄緑色に発光していて、小さな羽の生えた体長1センチくらいでしょうか、私の指から指へととまって、遊んでいました。あれはどんな精霊だったのでしょう?小さな存在だったので、この辺の草や花の精霊でしょうか。

 

あなたの血筋にまつわるものですよ。脈々と受け継いでいる、スピリットを持ち合わせた系統にそのような精霊・・・その子は精霊ですね。何かの花を司っている、花の周りで遊んでいるような、コロボックルのような花の精霊です。あなたと花は深い関係性にありますから。

あなたの特性は、遊び心が豊かにあるということです。その花の精霊を種類として位置付けるならば、そうですね・・・どの花が一番望ましいかな・・・夏の朝に咲く、朝顔のような性質を持った精霊ですね。

朝顔は、そのように人々を楽しくさせるような、それと同時に深く問題提起が出来るような花の種類のひとつです。ゴージャスできらびやかな花もございますが、朝顔はそのような花の役割を持っておりますよ。かの宮沢賢治氏も朝顔を愛したはずです。彼は植物界に非常に思いを寄せておりましたので。

 

質問・菊地:当時めずらしいヒヤシンスなどの西洋球根を育てた、というのは読んでいますが・・・また賢治さんの育てた野菜というのは、大変にコロコロと立派に育ったそうですよ。それは勉強した肥料の効果、ということらしいのですが、それだけではないとも言えそうですね。

 

フィンドホーンのようなことが起こっていたとも言えますね。

そしてここで、これを読んでいる読者のみなさまに、わたくしカンナ・カムイから一つ、提案させていただきます。あなた方が日々生活しているその周りには、自然、そして自然を司っている精霊の方々がたくさんおります。

 どうぞ彼らにも意識を向け、語り掛け、交流を望んでみてはいかがでしょうか。必ず何か彼らからあなた方に対して、答えがあることでしょう。

それを楽しんでください。

 

質問・菊地:そして今日は、天然に出来た湖にも出向きました。わたしは風が好きですが、今日は特に気持ちよかったです。風にも精霊もいるのでしょうか。風と水の息吹に本当にいのちが洗われた気持ちです。

 

風は情報を司っている精霊だという事を、この通信の予告編で一度お知らせしています。インターネットと同じとも言えます。風はいろんな情報を乗せて運んでいます。

そして水は、いのちの基本形態です。ですので、同じものを内在している同士は、必ず理解し合い、繋がり合い、そして溶け合い、その溶け合った状態で互いに癒すことが出来ますね。

 ここで一つ、面白いことをお話しいたしましょう。この地球という存在は、他から資材や物資がやってくるわけではありません。

なぜ、このような長い年月、ずっと汚れずにいるのでしょうか。それは精霊、この自然の循環システムが健全に働いているからなのだ、ということをご理解くださいね。

 このことを深く深く掘り下げていけば、また大変に時間を要する事になると思われますので、それは順を追って、時期が来た時にそこにフォーカスしながら、お話しさせていただく機会が来るかもしれません。

 

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そして審神者であるきくさん、あなたはもう少し我々に聞きたいことがあるのではないでしょうか。

 

質問・菊地:精霊は、自然を大切にしたいと思う人たち、守りたいと思う人たちが分かるのですね。そして精霊は、その役割を人間に時が来たら分かって欲しいと思っているのでしょうか・・・ですので、全段階として、先にお話しした、フィンドホーンの物語があったのかとも思います。

 

そうでございます。

 

質問・菊地:例えば通信を受け取っているこの部屋の中には、ひまわりや百合、バラなどの切り花があり、すぐ窓の外には緑を広げ実をたくさんつけた大きなプラムと、ミズナラの木があります。今この部屋の中に精霊はいるのでしょうか。

 

 

たくさんおりますよ。ではなぜここにある植物達、花たちが長持ちしたり、ありえないような波動を放つているのでしょうか。

 

質問・菊地つまりわたしたちのような仕事をしたり、(樹の住まい舎は自然素材建築をベースにしているため、収録している部屋も、自然素材空間なのです)自然を深く理解したいと願う人達には、通常の人々よりたくさんの精霊が家の中にいる、ということでもあるのでしょうか。

 

そうですね。この動物たちにも、ちゃーんといらっしゃる。(同じ空間にいた犬と猫)この空間は、非常に理想郷です。

 

質問・菊地:なので、この犬達も、一頭は16歳ですが精霊がたくさんいるので、その要素も一端となって元気なのですか?

 

そうですよ。

 

質問・菊地:また、植物や自然の要素など、そういったものが一切ない人工的な空間というのもありますが、そういう場所にはもちろん精霊はいれませんね。

 

いれるはずはないですね。

 

質問・菊地:例えば、特に自然がどうだと意識していなくても、花や観葉植物を置いている家や空間も多いでしょう。そういう場所には精霊は居ることが出来るのでしょうか。たった一本でも植物が生きていれば、または自然の息吹があれば、数はどうでも必ず精霊はいるのでしょうか。

そうですよ、居ます。それがこの地球の自然循環を司り、番人として守り育てている存在がいる証です。

 

質問・菊地:樹の住まい舎は、仕事までそのような仕事をしているので、これは精霊もこの辺一体に充満していてもおかしくないですね。

 

交通整理が必要なくらいです。

 

質問・菊地:私は常々思っているんです。庭のミズナラやプラムの成長も、植木屋さんに聞いてもすさまじいですし、隣に小さな歩道がありますが、このアトリエの隣部分だけ、どうも異様に伸びが早く、しかも生気が至極強いのでは?と(笑)

 

よくお分かりになった、はっきり言いましょう、ここは異次元でございます。一般家庭から比べれば、二桁以上多いでしょう。冗談ではないのですよ。あなた達の想像の範疇を超えています。ここはある意味、精霊のアトリエともいえます。

 

では、精霊というテーマで今回お伝えさせていただきました。次回はまた、新しいテーマをもってみなさま方にお目にかかりましょう。ソースは女性の視点を得意とする第五番目のスピリットと、自然の奥深い領域に精通している七番目のスピリット。そして伝え手はわたくしカンナカムイでございました。