マザーガイアからの便り・予告編vol.5

マザーガイアからの便り・予告編vol.5

 

2016.11.5 マザーガイアからの便り・予告編vol.5

「鳥」

約6000年前、わたくしカンナ・カムイが暮らしていた頃の話です。我々は、鳥は大空を滑空する、優美で神聖なもの、という位置づけでみておりました。

鳥の大きさの大小は関係なく、大きかろうが小さかろうが、空を滑空する、自由に羽ばたくその姿に見とれ、我々地上に存在しているものとは、あらゆる部分で違う存在だということを理解しておりました。

これは霊的(スピリット)なこと、物質的なこと、すべて含めた、私たちの鳥に対しての認識でした。

大きな鳥は、優美に羽ばたき、大空を飛び、ふつうの大きさの鳥たちは、自分らしくスイスイと飛んでいる姿、また、小鳥は、鳴き声に由来するような可愛らしい飛び方・・・我々は、澄み切った大空に彼らの姿を追っていたものです。

そして猛禽類は我々の時代、神官から見ても、生き物というカテゴリーを超越している存在でした。あの、威厳を放つような・・・2メートルを超える(翼を広げて)大きさ、そして近くで羽ばたく音を聞けば、我々を圧倒するような力強さ。

もうこれは紛れもなく、見えない世界、神の世界からやって来ているものだということを、我々はよく理解しておりました。

 他の大陸で、自然とつながった生活をしている方達も、同じような感性を持っていたはずです。

どの国に行っても、猛禽類、鷲、そういった大きな鳥たちを、神格化して取り扱っていたと、私たちは理解しております。

 

ここで我々神官の、当時の印象深い、鳥にまつわる物語をひとつ紹介いたします。これは春先のことでした。少し初夏に近づいた頃の、晴れた日の朝の出来事でした。

 一羽の大きな鳥が、我々の暮らしていた集落の周りを、今の時間軸で言えば・・・3時間ほどでしょうか。旋回しておりました。わたくしカンナ・カムイがなにを思ったか・・・

「これは何か意味があることであって、もしかしたら、空からの何か言づけがあるのかもしれない・・・」といった思いに駆られて、鳥とつながることを意識しながら、その大きな鳥と意識を合わせました。

しばらくして、このようなことが起きました。その鳥は「海の方に何かあるから、行ってごらんなさい」という、思いを伝えてきました。

私たちは、海の方に向かい・・・当時私たちが住んでいたのは、海にほど近い小高い丘だったのです。海の方に向かい、なんだろう、と思いながら鳥が指し示す方向に向かって行きました。

 

そこには、見たことがない小さな、いかだのような船が流れ着いておりました。どこかの国からやって来たと思われる、我々と少し雰囲気が違う女性の方と、年をめされた、おじいさんのような方がいらっしゃいました。

言葉も通じず、ただ向かい合って意識を交換していましたが、やがて、彼らは疲れ果てたのでしょう。その場で息を引き取りました。

そこで我々は、「ああ、このように違う外見を持った、我々とは違った人間がいるのだな」ということを初めて理解いたしました。

髪の毛は茶色く、肌の色は透き通ったような、なんでしょう・・・白ではないですけども・・・今で言えばどこの国の方かは分かりません。そのような出来事がありました。

鳥は、そういったことも我々に知らせてくれた出来事が、その一度だけありました。これは我々が遭遇した、鳥にまつわる事件というか、出来事でした。

そして、現代の人達にも通じるような物語を、いくつか紹介いたしましょう。

それは神事にまつわるようなことではなく、我々の生活に、収穫の喜び、そういった喜びをあらわす、といった、お祭りに近い原型の話です。それに、小さな小鳩のような鳥が関係しているという事を、1つのエピソードとしてお伝えいたします。

秋の終わり頃、収穫の時期にさしかかり、私たちの集落では、穀物を集めに山や森に出掛けながら、海に魚を採りに行きながら、長い冬を越すために沢山の食糧を確保しておりました。

そこに、鳩のように小さな…今で言う山鳩ですね。そのような小さな鳥がやって来て、我々の前に飛び立ち、踊りを踊っているように、こう、チョコチョコ、チョコチョコ、といった仕草を見せて、我々を楽しませておりました。

我々もそれを見て、日々のつらい農作業や、採取などの重労働を少し和らげてくれるような・・・その鳥は、私達の目を楽しませてくれて、心の中を潤してくれました。

 

これが、我々のお祭りの原型に由来するものです。

我々もその鳥のように、手を前に出したり足を左右に出しながら、行動を真似しておりました。それが我々の踊りの原型だったと認識しております。

 このように、お祭りといわれる収穫の喜びをかみしめるために、鳥は我々に体を動かして楽しむ、とうことを教えてくれたエピソードがありました。

 我々はその鳥から、そのように体を動かすこと、体で物事を表現することを覚えました。今から約6000年前の話でございますが・・・

そのようなこともありまして、その年から毎年毎年、収穫の喜びや、何かをお祝いするような時には、そのように体で表現することを覚え、それを発展させて代々受け継いでいったものが、東北地方のお祭りの原型になった、と今ここで現代に生きる方にお伝えいたします。

当時の小型の鳥でも、いまで言う種類と言われても、思うように該当するものがないと思いますが、ただ、色彩は3色ほどあったように思います。

鳥の羽を真似て、我々の祭壇を作ったこともありました。色彩を真似て、藁でよじりながら模様を作っておりました。あの模様は、鳥の縦に通っている模様と、横に通っている模様を真似て作ったものです。

 その中にわたしたちは感謝の気持ち、目には見えないものに通じているという気持ちを表して、当時の穀物を入れる器などに模様をつけて、楽しんでおりました。

 ここで我々の印象深い、現代でも通じるようなエピソードをお伝えしたいと思います。

 山や森などに出入りしていると、鳥と交流するために、鳥の鳴き声を真似する人間が現れてきました。それは鳥と行動と共にする、鳥を森の中での友だちとする、といった、共通の生き物として交流するといった思いがそうさせたのでしょう。

子どもの・・・主に女の子ですね。そういった子ども達は、よく鳥の鳴き声を真似して、鳥と仲良く遊んでいました・・・我々の時代にはそのような遊びをしていました。

今でも、約6000年前の我々の世界でも、子どもというものは、自然の存在と遊ぶこと、つながることを楽しみとしていました。

それが遊びへと発展していき、幼い心ながら、自然とはどういったものなのか、そして自然と暮らすということの意味合いを、子ども達なりに分かっていたことでしょう。

また我々大人も、小さな子ども達の問いかけには、これまでの経験上の知っていることをよく言って聞かせたものです。

それが、当時の人間と鳥との関係性でした。

 

そして最後に、今を生きる、鳥を愛する、動物を愛する方々へ、メッセージです。ぜひ自然の濃い、林や山や、川がある場所行くときは、そこに住んでいる小鳥達にも意識を向けてください。

昔も今も変わらず、鳥達は言葉として、私達に何かを投げかけてきております。

美しい感性と洞察力をもってすれば、鳥達は心を許して美しい声を聴かせ、そしてその美しい声の中に隠れているメッセージがあることを、理解するでしょう。

そのように聴いていただければ、今後、小鳥や中型の鳥達との関係性も改善され、より楽しいものになってゆくことでしょう。

どうぞ、意識を向けてください。語ってください。聴いてください。今日はありがとうございました。


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